森の年齢
人間に幼児期、思春期、高齢期があるように、森にもそれぞれ年齢に応じて人間が付けた段階的な呼び名がある。
これは完全に勉強用メモとして。
更新段階 天然林では20年以下、人工林では10年以下
若齢段階 天然林では20~100年、人工林では10~50年
成熟段階 天然林では100~200年、人工林では50~90年
老齢段階 天然林では200~300年、人工林では90~150年
老齢過熟段階 天然林では300年以上、人工林では150~300年
森の成長の時間のことを考えると気が遠くなってくる。私たちが森の一生を見ることは決して出来ないと思うとなんだか気が楽になるが、だからこそ、人間は一時的に地球を間借りしている身で随分好き勝手にやっていないか?とも思わされる。
植物層が一番多様なのは更新段階。しかし陽が当たるため陽樹が中心。おのずとそこに集まる動物は陽樹を好むものに限られるため、生物多様性の面から言うとまだ低い。樹高も低く平面的な森。(※陽樹、陰樹の区別は末尾にメモ)
光合成による炭酸ガスの吸収が最も多いのが若齢段階。しかし林冠が閉鎖し始めて林床が暗くなるので、更新段階で多様であった下の方にある植物の種類は減る。一方、高い樹木は林冠の陽を独り占めしてどんどん高く、そしてまた林床はどんどん暗く。林床の植物が不足して表土が流れ出やすい状態。森は立体的になってくるが、高さがあるだけ。階層は未熟。
植物の多様性に富むのが成熟段階。若齢段階での成長競争での勝ち負けがハッキリしてきて、勝った高木は益々旺盛に、負けた樹木は枯死して空間を作る。それでも成熟段階も後半に近づくにつれて、勝ってきた樹木たちの勢いも緩慢に。生物多様性がぐんとあがるのはここから。強かった樹木でも閉じきれなくなった林冠から陽光が差し込み、林床の植物が豊かになる。そして、枯死はしていなかったが負け組に居た樹木も、強い樹木の衰えに伴い、ここで巻き返しをはかる。豊かになった林床植物によって、栄養素となる落ち葉はそこにとどまり、土壌は風雨から守られて良い状態。階層をもった立体的な森になってくる。
◆人工林では、ここで木材収穫のための伐採をする。(樹種にもより、若齢段階での伐採もある)
動物の多様性に富むのが老齢段階。成熟段階よりさらに、高木の勢いが弱まって樹が減り、林床は光を受けて明るくなる。今まで日光不足だった樹木層が伸びる機会を得て、植生が豊かになる。と同時に、そこに集まる・営巣する動物も多様に。よって、土壌は豊かな構造となって、緑のダムとしての機能(水源涵養機能)を持つ森となる。
見るからに、おぉ、というのが老齢過熟段階。苔やサルオガセをつけた径の大きな樹木が、ところどころ折れたり枯れたり、葉を減らしたりしながら生きている。
人工林ではここに至るまでに樹々は収穫されて、再び更新段階に戻る。天然林では、枯死倒木の面積が健康な面積をどんどん上回ってゆき、再び更新段階に戻るということだろうか。大規模な撹乱が無い限り、まとまった面積の更新というのは難しそうな気もする。この辺は要勉強。
ふと、自分の人生と照らし合わせて、今どこだろうかと考えたりしてしまう。単純に当てはめると成熟段階なのだろうけど、多様性が伴っていない。。
ふとガルシア・マルケスの「100年の孤独」を思い出す。ブエンディア家一族の長い長いファミリーヒストリーだったと記憶している。栄華も衰退も、長い歴史の中の一地点。だから、あの家ずいぶん景気いいな、と羨ましがっるのも、あの家ちょっと運が悪いなと憐れむのも、あまり意味が無い。樹のことを考えるのも好きだが、長いスパンで対象を描いた小説を読むのも好きだ。試験が終わったら長編小説をじっくり読みたい。
※とりあえず広葉樹のみで、少しだけメモ
陽樹:クリ・クヌギ・ケヤキ・コナラ・ミズナラ・ネムノキ・マユミ・クサギ・カシワ・オニグルミ
陰樹:ブナ・エゴノキ・トチノキ・アオキ・タブ・イヌツゲ・ナンテン・マンリョウ
半陰樹:クスノキ・スダジイ・ヒイラギ・ヒサカキ・ガマズミ・ヒメシャラ・ムラサキシキブ・ヤマボウシ
(針葉樹は松を除いて割と陰樹。)
写真は樹々の緑色ってこんなにも種類があるのかと圧倒されて撮ったもの。