2026年5月のメモ「シジュウカラの巣立ち」

今月は日常生活に支障の出るレベルでずっと、庭の巣箱でのシジュウカラの巣作りと巣立ちの観察をしていました。(上の写真は今年の写真ではありません。)

「世界をよく眺めるには ハシゴから降りなければならない」

先日自分で思い至った言葉です。(なんだそりゃ)

私にとってシジュウカラの観察は、自分がよく眺めたい世界の入り口に確実に繋がっています。

ハシゴが何であるか、どこにのぼるためのものなのかは記述省略しますが、自分はハシゴからずんずん降りている。でもよく眺めたい世界はまだまだとても遠くて手が届きません、一生かかる気がします。

観察期間中、何より幸せだったのは夜。

ここから僅か数メートル先の巣でヒナ達が身体を寄せ合って寝ているのだ・・と思いながら眠れたことでした。また、近くのどこか樹木でフクロウも鳴いていて、夜の闇、フクロウ、雛、自分・・・という何かひとつの関わりの糸が出来たような気持ちになって、勝手に幸せを感じていました。

(幸福とは魂が適切な場所におさまることだーーこれは私ではなく大変立派な人の名言ですが、鳥を含む自然の観察は、私にとって自分の魂がおさまる適切な場所はどこなのか知ることに繋がる体験でもあります。)

シジュウカラの巣は親鳥が、苔を厚めに敷いたうえに羽毛や獣毛など柔らかいものを敷いて作ります。

つまり親鳥が何を運び込んでいるかを見れば、巣の完成段階、また、卵を産む日が近いかどうかがわかります。

孵化した雛の身になって、そんな柔らかな暗い巣の中で身を寄せ合って朝を待つのはどんな気分だろうか?

とか、朝一番で親鳥が餌を運んできた時はどんなだろうか?

とか、何より初めて巣箱から飛び立つ時はどんなだろうか?

など想像は尽きませんが、実際全てどうもこうもないのだろうと思います。

自分が初めて二本足で立つまでの恐怖とか、立った時の感動とか覚えている人があまり居ないのと同じ感じで、意識することない自然の流れだろうかと、勝手に考えています。

どうであれ、4月11日に巣箱に苔を運んでいるのを見つけてから40日近く、観察する機会を与えてくれたペアに感謝。

ヒナ達は嵐の日に孵化し、雨の日に巣立っていきました。

自宅巣箱への巣作り〜巣立ちを見るのはこれが三回目です。一回目はシジュウカラ、二回目はヤマガラでした。

巣立ち間近になるとヒナ達は巣箱の中から時々顔を出すのですが、その漆黒の目は、私たち人間が到底辿り着けない世界のフシギを見られる目なのだ、という気がします。

巣立ちまでの観察はシビアな面も。親鳥が動物に食べられたり、ヒナが巣立ったすぐ後にカラスに食べられたりするところも含めて見てしまうからです。自然界のほとんどの命は食べられるためのものだろうかと考えさせられると同時に「捕食される」ことから無縁のように暮らしているのは猛禽類や一部の哺乳類を除く人間だけなのかもしれないと思います。(今、熊によってそこを考えさせられていますが)

今年は一眼レフが壊れてしまい、普通のデジカメとスマホのみだったので、あまりきちんとした写真が撮れませんでしたが、過去のものと合わせて下に写真を載せてみます。

この年は手製の巣箱で、入り口の前に広めの台をつけていました。夫婦で並んで過ごすことが出来ていたので、このデザインは良かったと思います。

この年は既製品を使用。シジュウカラが巣箱の中に苔を運び込んで忙しく巣作りをしているところです。

しかし数日後、巣箱の穴から顔を出したのは・・・ヤマガラではありませんか! 一つ前の写真と比べると、明らかに鳥の顔が違います。シジュウカラが途中まで苔を敷いて整えた巣箱をヤマガラが乗っ取ったものと思われます。やるな。そう思うと、どこか「しれっと」した顔に見えてきます。

孵化した後は、雛に大量の青虫をせっせと運びます。あれだけ口にくわえていても、腹式呼吸なので嘴の隙間を使って鳴くことが出来ます。

ヤマガラの雛。もう今日の巣立ちは無いかなと思われた夕方18時過ぎに顔を出しました。どの種類の雛も、嘴の端が黄色く、羽毛の色は親より薄いです。先日、巣立ち雛をつれた雀も見たのですが、やはり嘴の端が黄色く頼りない感じ。雛の漆黒の目。外の世界に興味津々という様子に見えます。

巣立ち直前でも、やはり親鳥を求めて鳴きます。すると・・・

親鳥が様子を見に来ました。この後、多分4羽ほどだったかと思いますが、雛達は次々と飛び出して行きました。しかし直後にカラスの襲撃。親鳥は大きな声で鳴きながら果敢にカラスに向かって行き、うっかり私も小石を携えてカラスに向かって構えてしまいましたが、結局自然の摂理・・一羽の雛はカラスによって捉えられてしまいました。他の雛達は無事飛び立って行きました。

一気に画質が悪くなりますが、ここから今年の巣立ち当日の雛。外の世界が気になりながらも親鳥を呼んでいます。

様子を伺う雛。巣箱の穴をじっと見ていると、中に複数の雛が見え、時折羽ばたいているような仕草が見えます。もう準備は出来たよという感じです。

外の様子を頻繁に伺います。この漆黒の目。私の観察する限りでは、ここまで顔が出てくれば、巣立ちは当日中と考えても良いかと思います。

羽毛のネクタイ模様も、薄いグレーです。

今年の私の観察はここで終了。もうすぐ巣立ちと分かっていましたが、病院の予約の時間となり外出。「巣立つなら頑張れよ!」と声をかけ、出かけました。帰宅すると、もう巣はすっかり静かになっていました。私が心電図を取られている間にでも巣立ったでしょうか。巣立ちに立ち会えなかった残念さと、捕食される場面を見ずに済んだ安心感とが合わさった複雑な心境。前回は夕方の巣立ちでしたが今回はお昼前。しかも雨。つくづく、予測がつかないものです。

また11月に戻っておいで。(野鳥の自然の餌が乏しくなる11月〜3月、ヒマワリの種を出しています。今回の親鳥達は多分このヒマワリ食堂のお客さんだったと思います。)

それまでに給餌台と巣箱のリペアをしておかないと。

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