無事に合格、そして来年からのこと

なんともたどたどしいプレゼンをして、どうなることかと思ったものの無事に二次試験も合格し、長かった勉強が終わりました。しかし終わったのは受験勉強だけで、本当の自然に関する勉強はこれからずっと続きます。

今年は今後どう生きていきたいのかをじっくり考え始めた年でもあり、自然の中での感動もとても多い一年でした。

虫たちのつがう姿を沢山見たこと、そしてそれらの命が繋がっている現場を沢山見つけられたこと、この植物にはこれだという組み合わせもきちんと観察できたことは今年の収穫です。

なかでもウマノスズクサにはジャコウアゲハ、アケビにはアケビコノハ、シシウドにはキアゲハ、などの組み合わせを見られたことは、いるべきところにいるということを実感させられました。人間もそうなのかもしれず、居るべきところに居ればうまく回るのかもしれません。しかし人間にはこれが難しいのだと思います。色々な技術でどこにでも住めるし、食べ物も割と種類豊富に食べられ、この食べ物じゃなければ消化できないという問題もあまりありません。選択肢や雑音が多すぎて、居場所にせよ仕事にせよ、これが自分に最適だと思えるものを見つけるのに、もしかしたら一生かかることもあるかもしれない。

先日「幸福とは魂が最適な場所に収まることだ」とのアリストテレスの言葉を、大好きなリチャード・パワーズの本の中で見つけました。魂を最適な場所に収められるようにすること、は一生のテーマに出来る事柄かもしれません。

今年は幼鳥も沢山見ました。幼鳥は顔立ちや羽毛の感じで分かるのと、群れていることが多いです。キセキレイの巣も観察出来ました。

また、今年はここ2年続けて採取していた蛇の抜け殻は別の人に先を越されてしまいましたが、大きなヤゴの抜け殻や使い終わった蜂の巣を採取。ビンに入った不思議なものコレクションが沢山増えました。

そして、何故か蛇の死骸に多く出会い、土の上にかえすという作業を度々しました。(=枝に乗せて、なるべく緑の多い場所まで運び、落ち葉をかける作業。)

家の庭でも生命の輝きを見つけました。庭の一部分に苔を敷いたところ、嬉々としてダンゴムシのカップルが苔の上でつがいはじめ、苔の下ではミミズが急に活発になり、団粒の土を沢山製造し始めたり。そしてそれを少しいただき、野菜を育てる土に混ぜてみたりしました。

生命の循環を感じる、それは私にとって心踊るものであり、余計な欲が消えていく瞬間でもあり、将来の自分の死を大きなサイクルの単なるひとつのこととして受け止める手助けにもなり。

そう考えた時に、私はこんな風に自然を見ていちいち喜んでいられれば満足なのであり、昨日と同じ今日をなるべく長く続けられるように過ごせれば良いのではないかと思いました。その中で、ほんの少しの前進があれば、それはもう最高なのだと感じます。

そのほんの少しの前進、のかたちとして、せっかく資格も取ったので、毎月ひとつはジャンルを決めてコラムを書くということを自分に課したいと思います。

もし宜しければ、たまに覗きにきてください。

今年もどうぞよろしくお願いします。

※上の写真は4月に訪れた奄美の森。夕暮れ、車を止めてずっと見ていました。そして下の写真は、さらに暗くなってから。

暗いのに、生命のざわめきを感じます。

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